日本消費者連盟
すこやかないのちを未来へ
企業や国家の利益よりも人のいのちや健康を優先する世の中に変えたいと活動しています。

NGOが企業を変える|消費者リポート1月号特集

伊藤和子さんにインタビュー

「ユニクロ」に人権侵害の事実を突きつけた
ヒューマンライツ・ナウ事務局長・伊藤和子さんにインタビュー

体当たりの工場調査(潜入取材)をもとに、「ユニクロ」を販売するファーストリテイリング(FR)を動かした国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ。カンボジアのユニクロ委託工場で2015年に明るみになった人権侵害と解雇について、16年10月に解雇撤回、賠償金支払いを実現しました。FRは当初、解決に向けて必ずしも積極的ではありませんでした。しかし、日消連を含むNGOが開いた記者会見や店頭アピールにより、事態の改善に動いたのです。

日本企業は遅れている

——なぜファッション企業の人権侵害に取り組もうと思ったのですか。

 バングラデシュのラナ・プラザビルの事故(4ページ参照)がきっかけでした。ファッションが速く安く生産されるサイクルの中で、それを支えている人たちの人権が侵害されている。人の命が奪われるまでの環境で働かざるを得ない状況がある。これを改善しなければと思いました。
 ユニクロ委託工場の人権侵害問題は、香港のNGO、SACOM(多国籍企業の労働実態を監視する学者と学生の会、1584号参照)から持ちかけられたものです。14年に彼らが潜入取材した中国工場では、これまで日本では知られてこなかった過酷な労働環境、低賃金や長時間労働が常態化していました。私たちは、日本発のグローバル企業が引き起こす人権侵害に対し、その解決に向け国際的な協力を始めました。90年代には「ナイキ」や「ギャップ」で児童労働が問題になり、それを批判する消費者運動の盛り上がりから、欧米企業は対応を迫られていました。日本企業は遅れていると感じました。

本腰を入れれば改善できる

——カンボジアの工場は、C・CAWDU(カンボジア縫製労働者民主組合連合)からの情報だったのですね。

 15年2月の調査に入った時に耳にしたのは、1人の労働者の24時間連続勤務、1カ月1万円程度の低賃金、有害物質に対する防御のない環境、労働組合で活動したことによる解雇などでした。今回解雇撤回を実現した工場、ゾーンイン社では、FR、H&M、リンデックスの3社のシェアが高かったのですが、当初FRに人権侵害の事実を伝えると「私たちの調査ではそのような事実は全くない」との反応でした。H&Mは解決に向けてFRに働きかけたようですが、「乗り気になってくれない」とのことでした。
 15年12月には「解雇された全労働者の職場復帰を」とカンボジアの労働仲裁評議会が決定を下しました。しかし工場はこれを受け入れず、それに抗議してストライキをした労働者を大量解雇する嫌がらせを続けました。欧米企業はメールを送っただけで事態改善に動くことがありますが、FRは動かない。あとはパブリックプレッシャー(世論による圧力)しかないと考えました。
 複数のNGOの呼びかけで16年9月29日に共同公開書簡を送りました。FRが工場向けに定めた行動規範に則り、解雇の撤回を促すよう求めたのです。記者会見や店頭での「首切りファッションは着たくない」キャンペーンから数日後に、とうとうFRは解決に動いたと発表しました。50人規模の解雇撤回、職場復帰や、復職までの賃金80%の支払いなどを工場が約束し、争議は解決しました。
 単独のNGOではなく、カンボジア、欧米、香港、日本と国際的なNGO連合を築けたことが、海外での評判を気にするFRに響いたのだと思います。H&Mなどが働きかけても動かなかった工場が、一番の取引先であるFRの生産中止の圧力で動いた。本腰を入れれば改善できることが証明されたのです。

生活賃金を折り込んだ発注額を

——個別には成果を上げたわけですが、今後多くの工場で人権侵害をなくすには何が必要だと思いますか。

 発注する企業が、発注金額を引き上げることです。工場は仕事を失うことを恐れて提示された条件に従いがちです。低い工賃でも回していくために、人件費を削ろうとする。一方、労働者は所定労働時間ではあまりに低い賃金のため、長時間働かないと食べていけない。文句を言ったら解雇されるから、サービス残業とわかっていても従ってしまう。こうした中では事態は改善されません。
 FRにとくに求めたいのは、サプライヤー(委託工場)リストの公開と、違法な時間外労働をしなくても労働者が生活できる「生活賃金」を織り込んだ発注額の公表です。H&Mやギャップなど欧米企業では、この2点への取り組みが始まっていて、何年までに何割を達成するといった目標が掲げられています。FRは最近になって委託工場のリスト公開に方針転換し、これ自体は大きな前進といえます。しかし生活賃金については、「複雑な課題であり研究中」という回答から前進していません。
 国際的には、11年に国連が「ビジネスと人権に関する指導原則」(ラギー・フレームワーク)を採択し、企業がビジネスに関連して人権尊重の責任を負うことを明らかにしました。これは世界の公理になりつつあります。今後FRが真のグローバル企業をめざすのであれば、持続可能なサプライチェーンの構築に取り組んで欲しいと思います。

——ファッションを購入する立場の消費者として考えるべきことは。

 日本では企業が人権尊重に責任を負うという発想そのものが弱いと思います。H&Mなど欧米企業は、消費者による店頭での抗議活動にさらされて鍛えられた面が大きい。日本の企業は、問題を起こしても抗議活動に会う機会が少なく学ばない。もっと多くの人に行動を起こしてもらいたいですね。
 私たちが安いものを求め続け、人の苦しみの上に成り立つ商品経済を容認すれば、いずれ自分たちの首も絞めることになるでしょう。グローバル化が進めば進むほど、労働条件が切り下げられるのは、次は私たちという気がします。ここから抜け出すためには、消費者の一つひとつの選択により、低価格競争の構造を変えていく必要があるでしょう。消費者にはその力があると思います。

ファーストリテイリングに質問

生産停止もあり得るのですね?

日本のファッション企業がNGOからの指摘を受け、委託工場に労働者の解雇撤回を迫るのは今までにないことです。日消連は9月の公開書簡に名を連ねた団体として、このほど「ユニクロ」を販売するファーストリテイリングに取材を申し込みました。
 広報担当は当初、「直営工場ではないので、労働者の環境改善を促すのは難しい。個別の工場については取材に応じかねる」という返事でした。そこで改めて書面回答を依頼し電話で取材しました。生産を停止してまで解雇撤回を求めた理由や、サプライチェーン上で直営ではない工場に対して、どこまで責任を持つのかといったことを質問しました。
 書面回答には、「取引先工場に対しては……改善がなされない場合には、取引停止を含む取引関係の見直しを行っております」とありました。そこで電話取材で、「今後別の工場で同様のことが起きた時に、生産停止もあり得るのですね?」と尋ねると、「今回と同じ結果になるかわからないが、そういう選択肢はある」とのことでした。
 今回のゾーンイン社への対応は、事実とすればもっと消費者にアピールしてもいいはずです。しかし、個別案件に答えられないのでは、今後の対応もケースバイケースということでしょう。サプライチェーンで主導権を握る企業として、積極的に環境改善に動き、情報公開してほしいと思います。