日本消費者連盟
すこやかないのちを未来へ
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2017年5月号「農薬が子供の脳神経を冒す」

発達障害増加の要因にネオニコ

脳神経科学者・黒田洋一郎さんに聞く

農薬が子どもの脳に及ぼす危険性を警告してきた脳神経科学者の黒田 洋一郎さんに、ネオニコチノイド系(以下、ネオニコ)が発達障害増加の要因である理由を聞きました。

―― いつ頃から発達障害に着目してきましたか。

私は人の記憶の脳内メカニズムを研究してきました。1980年代初め頃、私が講師を務めた講演会で1 人のお母さんが、「うちの子は学習障害だと言われましたが、治るので しょうか」と尋ねられました。びっ くりしました。アメリカの文献では知っていましたが、日本にも発達障害児が存在することを初めて知ったのです。次世代に関わる重要な問題だと思い、そこから発達障害の文献を調べ始め、脳神経科学の研究を進めてきました。

―― 農薬が子どもの脳に影響を与え、発達障害の原因になることはどうやってわかってきたのでしょうか。

私も最初の頃は、農薬がなければ 農業ができないと思っていましたから、農薬が特に悪いという発想になりませんでした。必要悪だと。ある時、民間稲作研究所というところで 講演した後、有機農家の人たちの話を聞き、農薬なしで農業が十分できることを知りました。とすれば、農薬には1つもいいことはありません。 病気の薬と違って、曝露された個人には益が一つもないのですから。

90年代に入って環境ホルモンが問題視されるようになり、国のCREST(戦略的基礎研究)でヒトの脳 に化学物質が与える影響を脳細胞や ネズミなどを使って調べていました。分子レベルから行動レベルまでサルも 匹以上使った大規模なものでした。そこで農薬のこともだいたいわかってきたのです。特にネオニコは、ヒトの脳神経系ばかりでなく、 免疫系、生殖系など体内に広く分布 するニコチン性受容体に低濃度でも作用します。そして情報伝達のための接触構造であるシナプス形成など脳の発達をかく乱することがわかっ てきました。

木村―黒田論文がEU動かす

ネオニコが人の健康、特に子どもの脳の発達に影響がある可能性を明確にしたのは、2012年に配偶者の木村―黒田純子(当時東京都医学 総合研究所)が発表した論文でした。ラットの小脳の培養細胞にネオニコ を添加すると、神経細胞の興奮作用によりニコチン性受容体を通るイオンの流入を異常に増加させることを観察できたのです。イオンの流入が、シナプス形成など脳の発達を調節していますから、発達に異常が起こることになるのです。これが欧州のマスコミにも取り上 げられ、その後欧州食品安全機関のネオニコ規制強化につながりまし た。「蜂がいなくなる原因として知られていたネオニコが、実はヒトに も悪影響を与えていた」ことが広く知れ渡ったのです。

そして 16年国立環境研究所で行われた動物実験で結論が揺るぎないものになりました。マウスの母親にネオニコを暴露させたら、生まれた子 の行動の一部に障害が生まれたのです。全部でなく一部というところが発達障害の特徴を表しています。

農薬使用で12位争う日本

この間、私は実験によ り因果関係が証明されつつあった農薬に着目して、OECD(経済協 力開発機構)加盟国の農薬使用量と自閉症・広汎 性発達障害の有病率を比較してみました。すると、農地単位面積当たりの農薬使用量が世界2 位と1位である日本と韓国が、自閉症・広汎性 発達障害の有病率でも 共に世界2位と1位で 一致し、使用量と有病率 の3位イギリス、4位アメリカの順位も一致しました。疫学データですから、因果関係が直接証 明されたわけではありませんが、この一致を無視することはできません。人の命や健康に関わる問題は、疑 わしきは避けるという予防原則が大事です。発達障害を生じさせないた めには、ネオニコをできるだけ避けるという予防原則が大事と言ってきましたが、もはやその段階は過ぎました。農薬の安全性を確かめる動物実験でも、発達神経毒性が証明されてしまったのですから。「できるだ け」という段階は終わり、使用を禁止する時期に入ったといえます。

遺伝より環境要因が強い

―― 発達障害には遺伝的要因が強いという見方もありますが、農薬が大きく関与しているとなると、環境的要因が強いということでしょうか。

単純な「遺伝か、環境か」のレベルでいえば、環境要因が強いと見ています。これま
で遺伝要因が過大評価されてきましたが、最近出た論文では、自閉症の場合で遺伝率は %、 環境要因は %となります。一般の生活習慣病のように、発症のしやす さが遺伝的に規定されている遺伝子背景があり、引き金を引くのが農薬 などの環境要因という見方ができると思います。その引き金が増えているのが実態です。

 

―― 発達障害の予防や治療には何が 必要でしょうか。

できるだけ農薬を避けるために有 機・無農薬、減農薬作物を食べること、ことに保育所、幼稚園、小中学 校の給食に無農薬作物を使い子どもを守ること、居住地での農薬の空中 散布をやめさせること、個人の範囲 で意外と大きいのは、室内での殺虫 剤(成分は農薬と同じ)使用をやめることです。 胎児期、乳児期は、発達障害に及 ぼす影響の最も大きい時期です。ただ、それ以降も脳は成長し、曝露し続ければ悪化することも、避ければ 改善することもあり得るのです。ですから、子を宿す親も、赤ん坊も、 そしてある程度成長の続いた学童期も、そして大人になってからも、有機・無農薬作物を食べるなどの配慮 が、脳の働きや発達の障害を予防、 軽減、治療する上で有効と考えられ ます。