スイス人医師としてチェルノブイリ被害者支援を続けてきたミシェル・フェルネクスさん(83歳)が2012年5月13日〜25日の間来日し、広島、京都、さいたま[1]、郡山、東京の各地で、チェルノブイリでの長年の経験にもとづいた、子供たちをどう放射能から守るかをめぐる講演を精力的に行いました。
ウクライナ政府は2005年に、同国の「チェルノブイリの犠牲者は264万人にのぼり、現在なお汚染地域に住み続けている人たちの87%が病気である。その3人に1人は子供だ」と発表しています。ベラルーシ政府も「汚染地域に住む子供たちの85%が病気」としています。現地の医師たちは、無気力症、白血病、心臓の畸形、若年層の老化、糖尿病、先天性形成不全、膀胱癌、腎臓癌、肺癌、免疫障害、染色体異常、若年層での白内障、精神遅滞、精神失調、消化器系疾患の有意な増加、避難した女性の間での癌の増加、チェルノブイリから180km離れたホミェリでの脊髄、結腸、肺、乳房、尿道の各ガンの明らかな増加などを報告しています。
しかし、こうした現場からの声は、国際原子力機関(IAEA)と原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)によって圧殺され、なかったものとして葬り去られてきました[2]。その実態を暴露したドキュメンタリー・ビデオ「真実はどこに?―WHOとIAEA:放射能汚染をめぐって」が上映されました。
以下は、「市民と科学者の内部被曝問題研究会」医療部会と「高木学校 」主催による東京でのフェルネクスさんの講演「緊急提言 被ばくから身を守るために──映画と講演」の内容を、メモと録音をもとにまとめたものです(一部省略した部分あり)。貴重な証言を一人でも多くの人に知っていただければと思います。
(共同代表・真下俊樹)
[1] 5月20日さいたま市でおこなわれた「核の傷から、子どものいのちを守る Michel Fernexさん・肥田舜太郎さんを囲んで」がIWJ Independent Web Journalのサイトで見られます。
[2] 詳細はM・フェルネクス他(竹内雅文・訳)『終わりのない惨劇——チェルノブイリの教訓から』(緑風出版、2012年)をお読みください。
映画 「真実はどこに?──WHOとIAEA 放射能汚染を巡って」(日本語版:「エコー・エシャンジュ」/「りんご野」)
ベラルーシ医療施設の子どもたちが語る映像、WHOの報告会議の模様などが織り混ぜられた見応えのあるドキュメンタ リー映画。フェルネクスさんはじめ、医師・研究者たちが登場。ウラディミール・チェルトコフ監督、 エマヌエラ・アンドレオリ、ロマーノ・カヴァッゾニ助監督作品、 フェルダ・フィルム、2004年、51分。
東京講演
2012年5月23日/於・新宿区角筈区民ホール
ミシェル・フェルネクスと申します。先ほどの「真実はどこに」の映画の中に私も出ているので、皆さんもう私の顔はご存知かと思います。あの頃はもっと若かったのですが。
内部被曝の重要性
あの映画の中で、外部被曝と内部被曝の議論があって、国際原子力機関(IAEA)の人が「内部被曝の話をしても意味がない」と言っているのをご覧になったと思います。しかし、事故のさいに汚染を起こす放射性核種は200種類以上あり、そのうち重要なものが10種類ほどあります。その多くは、自然の中で人間を被曝させることはまったくありません。ストロンチウム、ウラニウム、プルトニウムは、まったくと言っていいほど外部被曝をもたらしません。福島の場合もそうですが、自然の中で大部分の放射線を出すのはセシウムです。このセシウムは、体内に入るとガンマ線とベータ線という2種類の放射線が同時に、同じ場所を照射し、それが相乗的な毒性をもちます。だから、外部被曝と内部被曝はまったく別ものなのです。
福島で2番目の大きな問題は、おそらくストロンチウム90でしょう。ストロンチウム90は骨の表面に溜まり、造血細胞を照射します。このため、血液の病気や、生物が感染やガン細胞から身を守るための防護機能に障害を起こします。ですから、ストロンチウムは非常に重要です。しかし、ストロンチウムは、自然の中ではまったく何の影響も与えません。この放射線は数ミリの範囲しか照射しないため、環境中ではまったく被曝を起こさないのです。
また映画の話に戻りますが、映画の中でバンダジェフスキーは、8年間にわたって投獄される前に、病理学者として遺体を解剖して各臓器内の放射性物質を測定し、組織を顕微鏡で監察した結果、セシウムを多く蓄積した臓器に多くの病変があることを示しました。たとえば、心臓には多くのセシウムが溜まるため、心臓疾患がもっとも頻繁に現れます。私はきのう福島で、原発の処理作業にあたっている若い人の間で心筋梗塞が多く発生していて、すでに3、4人が亡くなっていると聞きました。年齢を考えれば、この数は多すぎる。すでに流行病(epidemia)と言えます。
バンダジェフスキーが示したもうひとつのことは、年齢によって臓器への放射能の蓄積の仕方が違うことでした。小さな子供や乳児では、胸腺に大量の放射性物質が蓄積します。胸腺は生物の免疫による防護をつかさどる重要な臓器なので、これが障害を起こすとさまざまな影響が出ます。また、年齢によっては内分泌腺にも多く溜まり、それによって常にさまざまな病気が起きます。たとえば、喘息、皮膚疾患などのアレルギー、感染症が重度かつ再発により複雑化したものなどがあります。たとえば、高齢の喫煙者によく見られるような、気管支炎を繰り返すことで慢性気管支炎になる例が子供にも見られます。
放射線が引き起こす自己免疫疾患
さらにやっかいなのは自己免疫疾患です。これは、通常なら細菌を攻撃して身を守る働きをする免疫が自分の臓器を攻撃してしまうものです。これには、抗体が自分の甲状腺を攻撃して起きる甲状腺炎(発見した日本人の名前を取って橋本病と呼ばれる)があります。糖尿病も、もうひとつの防衛システムが自分の臓器を攻撃して起きるもので、インシュリンをつくるランゲルハンス島が抗体によって損傷することで起きます。また、生殖腺が攻撃されると、男女における性徴の遅れや不妊症をもたらす。
ここで私が言いたかったのは、内部被曝の影響は非常に大きいということです。もうひとつの例を挙げると、チェルノブイリ原発事故から26年を経た今日、一般住民の間で外部被曝の比率は10%まで減っているのに対して、内部被曝は80〜90%にのぼっています。そして、チェルノブイリ周辺に住む子供の80%が病気に罹っています。チェルノブイリ原発事故の前は、同じ基準でその比率は20%未満でした。
妊婦と乳幼児に汚染のない食べ物を
私が調査しているのはベラルーシですが、この国はヨーロッパで最も貧しい国です。この貧しい国が、8年間にわたって小学校と幼稚園で汚染のない給食を朝と夜の2食、無料で提供したのでした。また、子供たちを汚染のない地域で過ごさせる1ヵ月間の休暇を年に2度、政府のお金で提供しました。これによって、被害が大幅に緩和されました。しかし、不幸にもその後ベラルーシの民主主義は死滅してしまい、それとともにこうした子供たちへの支援も途絶えてしまいました。その結果、汚染食物による内部被曝で、現在80%の子供が病気という状態になってしまったのです。私が日本政府に望むのは、福島の人々、とくに子供たちに汚染のない食物を提供するよう努力することです。
さいわいバベンコ氏が作ったパンフレットで、放射能を減らすために何度も茹でてお湯を捨てるといった食べものの調理の仕方を、きれいなイラスト入りで説明したものが日本語に訳されて福島で配布されているのを見て嬉しく思いました。これは、家族で放射能から身を守りながら、子供に栄養のある食べものを与えるためのすばらしい本だと思います。
ここに書かれていることに、2点付け加えたいと思います。バベンコ氏は野菜をたくさん食べることが重要だと言っていますが、野菜の中でもニンジンや赤カブのような色の濃い野菜や、果物一般、そして海藻にはペクチンがたくさん含まれています。ペクチンは、セシウムが臓器の中に吸収されるのを防ぎますし、すでに汚染されている場合でも、臓器の中でウランやプルトニウムの派生物やセシウムを尿や便の形で体外に排出しやすくします。こうした野菜や果物に含まれる色素(カロチン)とビタミンAには、放射線が引き起こす損傷を修復する能力を高める働きがあります。放射線を被曝すると過酸化物ができ、それがDNAなど細胞内の器官を損傷しますが、色素やカロチンには抗酸化作用があるので、放射線への抵抗力を高めてくれるのです。
質疑
Q1:子供の糖尿病が増えているというお話しでしたが、これは自己免疫疾患と見ていいのでしょうか。
A1:通常、免疫システムは、あらゆる外来物質を認識するようにできていて、外来物質を攻撃し、破壊するようにできています。しかし、往々にして臓器では自分の体の細胞にグロブリンが付着することがあります。しかし、リンパ球がこの免疫系の「警察」のような働きを刺激する一方で、この活動を終わらせる働きをもつ別のものがあって、バランスを取るようにできています。膵臓の細胞が外来物質と認識されても、通常は非常に短い時間でこうした抗体は消滅してしまいます。ところが、チェルノブイリではこのメカニズムを止める細胞が無いために、この抗体が残留し、最終的に糖尿病を起こしてしまうのです。つまり、通常でも起きていることが長期化することによる問題といえます。
Q2:リンゴのペクチン酸や海藻のアルギン酸が、子供のセシウムの体外排出を促進するために利用されているということでしょうか。
A2:海藻に含まれるペクチンは、冷戦時代にソ連軍が核戦争に備えて兵士に配布していました。ソ連当局は世界中のペクチンを調査し、北海の海藻を選びました。冷戦終結後は配布をやめていましたが、10年前にロシア政府は福島のような原発事故に備えるために再開しました。しかし、他にも海藻はいろいろありますし、まだ市販化されていないペクチンもあります。日本で南の方の海に生息する海藻の研究をすれば、ペクチンを抽出するためのいい海藻が見つかるでしょう。その後、ドイツやウクライナでリンゴからペクチンを抽出するようなりました。このペクチンにはリンゴのほのかな味がするので、ヨーロッパでは子供たちが抵抗なく受け容れられます。食習慣が異なるので、海藻は食べませんが、リンゴのペクチンは喜んで摂取しています。
Q3:政府の基準を満たしていれば安全といえるのでしょうか。それとも数値をあてにしない方がいいのでしょうか。
A3:放射能汚染された食品を流通させると、危険性を拡散することになるので、流通させるべきではないというご意見に賛成です。往々にして、当局は食品を汚染している放射性物質に対する生物の感受性を過小評価します。測定をしても、すべての放射性物質を測っているわけではありません。野菜の放射線を測っても、ストロンチウムやプルトニウムが入っているかどうかは分かりません。汚染野菜を流通させるということは、危険を流通させるということなのです。
もうひとつは、成人については放射能の体内濃縮に許容基準を設定できます。たとえば、私のような老人は、多少汚染された食品を食べてもかまいません。しかし、妊娠中の女性については許容基準は一切ありません。絶対に避けなければなりません。ですから、汚染のない食品が得られる市場が絶対的に必要です。乳児も極めて感受性が高いです。母親が汚染された食べものを食べると、母乳を通して子供の体にも放射能が入ります。学齢未満の子供も、大人よりもはるかに感受性が高いので、汚染食品を避ける必要があります。
Q4:日本の基準はセシウムだけが対象で、ストロンチウムが対象になっていないのですが、これについてもう少し。
A4:放射線にはα、β、γなどいろいろありますが、これらをすべて測ることはできません。そのため、測りやすいγ線を指標にしているのですが、γ線の値だけで汚染の真実が分かるのではありません。α線、β線も存在しているのに、単に測られていないだけなのです。私はまだ日本のストロンチウムの汚染地図を見たことがないのですが、チェルノブイリでは一般的にストロンチウムのほとんどは原発から半径100km以内に集中しました。半径200km以遠ではほとんど検出されていません。α線源は原発から非常に近い範囲、おそらく半径30km圏内に落下しました。しかし、ウランやプルトニウムの派生物など放射能の微粒子が風に乗って拡散し、アメリカでも検出されています。α線源の高汚染地域はウクライナ共和国にもありますし、1000km近く離れたモルドバ共和国でも見つかっています。このように、比較的大きい放射能の粒子が風で遠くまで運ばれ、拡散します。たとえば、サハラ砂漠の砂でもヨーロッパまで飛んできたりしますよね。しかし、これを検出するのは非常に困難です。日本では、自動車の吸気フィルターを測定することを提案します。フィルターにはホコリが溜まりますから、フィルターを交換したときに、その中の放射性微粒子を測定すればストロンチウムやプルトニウムがどのように拡散しているかが分かります。福島にはいい市民測定所もありますので、そこで測定を依頼できるでしょう。検出する方法はこれしかありません。日本にはこれだけたくさんの人口がいるのですから、こういうふうにすればα線源についてより良く分かると思います。
Q5:(福島県双葉町・井戸川克隆町長)福島県は核実験場のような状況です。世界の中で、いまあのような環境の中で住み続けている地域はあるのでしょうか。危険な場合には避難すべきだと思いますが、避難についてどのようにお考えでしょうか。
A5(質問者が双葉町町長であることが伝わらず、質問の主旨も双葉町の汚染と避難と解釈したため、それに対する答え):ご質問の主旨を理解できた範囲での答えですが、原発から3kmのところにお住まいとのことですが、これはまさに現場の直近ですから、他の地域とは比べものにならない汚染が降っています。もちろん、その汚染物質が口から体内に入ることもありますし、ホコリの形で吸入することもあります。マスクをすれば防げる場合もあります。マスクをしなければ肺に入ります。とりあえず、理解できた範囲でのお答えです。ほかにもご質問があったかと思います。
(避難すべきかとの質問について)もちろん避難すべきです。言うまでもないことです。3月11日午後の爆発後すぐに避難すべきでした。疑問の余地はありません。
Q5′:福島県全体が核実験場くらいに汚染されてしまっているのに、原発にものすごく近いところまで県民がいまだに住んでいます。そのことについてどうお考えでしょうか。
A5′:言うまでもなく、水素爆発のあと放射能のガスや微粒子がどう流れるかは風しだいです。福島の場合は、爆発後3日間、西風が吹いたため、運がよかったと言えます。3日の間、放射能は海に流れました。海の生物には良くないことで、大きい魚が小さい魚を食べて放射能を濃縮するのは大きな問題ですが、陸地は汚染されなかった。その後風向きが変わって人の住む陸地に大きな放射能の染みができたわけです。チェルノブイリ周辺では2000 km2で居住禁止になりましたが、そのうち1000 km2が非常に強く汚染され、残り1000 km2は中程度の汚染になっています。ソ連政府は、放射能の雲がモスクワに到達する前に、モスクワの手前で人工降雨を振らせたため、原発から400〜500 kmという非常に遠い地域でホットスポットができました。
Q5″:ありがとうございました。何が言いたいかといいますと、子供の病気が発症するのを待つのではなく、発症を待たずに避難するのが人間として取るべき行動なのではないのかということを皆さんに訴えたかったのです。(拍手)数値がどうのこうのというのは、私は要らないです。発症しない手立てを取るのが大人である私たちの役目なのに、何故か政府も福島県もこれには積極的ではありません。私はここに非常に憤りをもって常に接しております。どうぞご理解ください。ありがとうございました。(拍手)
Q6:遺伝的影響についてお聞きしたいと思います。野ネズミの実験では汚染地域に住んでいる野ネズミ22世代にわたって遺伝的影響があり、代を追うごとに障害がひどくなってきたとのことですが、野ネズミなり人なりが汚染地域の外に出た場合にどうなるのか、どうなっているか、実験か調査があれば教えていただきたいのですが。
A6:ここで話すのにとてもいいテーマだと思います。ベラルーシのローザ•ゴンシャローヴァは、1986年の事故直後にチェルノブイリに入り、ハタネズミの調査を始めました。それで分かったのは、最初は原発に近いほど突然変異が多いということ。しかし、320 km離れたところでも、ネズミにすでに突然変異や変化が存在していたということです。数は少なかったけれども、確かに存在していた。恐ろしいのは、このネズミの集団を何世代にも継続して調査していくと、遺伝的な異常の増加が見られたことです。放射線が弱い地域でも、その100倍も強い地域でも、あらゆる地域で遺伝系の損傷が見られ、22世代まで世代を経るごとに悪化したという事実です。その後、住民の不安の拡大を恐れた政府は、この調査を禁止したのでした。
Q7:内科医をしております。子供たちの甲状腺検査や血液検査、エコーで検診をしています。福島では、超音波検査で嚢胞が増えているのが気になっています。東京あたりでも甲状腺のエコーや血液検査をたんねんにしていく必要があると思われますか。
A7(質問の内容がよく伝わっていない):甲状腺は繊細な器官で、放射性ヨウ素を蓄積します。先ほど申しましたように、ヨウ素がなくなった後は、セシウムを濃縮します。ですから、甲状腺は細胞が損傷する大きな危険にさらされます。細胞が死ぬと、その断片が体の中を移動しますが、免疫グロブリンは、当たり前ですが、これを認識して攻撃します。これが長期化しますと、免疫グロブリンが甲状腺細胞を攻撃し、損傷が増え…という悪循環が始まります。これが先ほど話の出た橋本病です。次に、甲状腺の損傷が大きくなると、腫瘍もできてきます。良性の腫瘍、つまり甲状腺腫です。これは良性ですから、すこし邪魔になるだけで、手術も簡単ですし、問題ありません。このほか、被曝年齢が低いと、例外的に子供の甲状腺ガンになることがあります。子供の甲状腺ガンは、通常100万人に1人しかありません。しかし、チェルノブイリでは、ひとつの医院で3〜5人の甲状腺ガンが見られます。これは、非常に重大な蔓延と言えます。チェルノブイリでは、甲状腺ガンの蔓延が1990年に公式に認められました。90年ですから、爆発から4年後ということですが、これは潜伏期としては非常に短いと言えます。通常、ガンの潜伏期は10年とか、20年、あるいは30年ですから。
司会者
もう時間が来てしまいました。フェルネクスさんは広島、京都、浦和、郡山、東京都、83歳というお歳にもかかわらず、ものすごいハードスケジュールで本当に精力的に講演をしてこられました。「でも、肥田俊太郎さんは95歳ですから、あの人に比べたら私はまだ若いですよ」とおっしゃっていました。もう明日帰られるんですけれども。ミシェルさん、今日はどうもありがとうございました。(拍手)