日本消費者連盟
すこやかないのちを未来へ
企業や国家の利益よりも人のいのちや健康を優先する世の中に変えたいと活動しています。

2017年7月号「「香害」は 「公害」 香りの洪水が体を蝕む」

『香害』を著した ジャーナリスト岡田幹治さんに聞く

誰が発症してもおかしくない

——なぜ香害に着目したのですか。

食の安全や環境問題を中心に取材していた私は、2009年のミツバチ大量死の取材で農薬や化学物質の危険性を改めて学びました。そこで、ネオニコチノイド系農薬などのことを調べ、「ミツバチ大量死は警告する」という本を書いたのですが、その過程で化学物質過敏症(CS)や発達障害の子どもたちが急増していることを知りました。

13年に国民生活センターが「柔軟仕上げ剤のにおいに関する情報提供」を発表し、仕上げ剤による体調不良の相談が、12年に急増していることを明らかにしました。調べると被害はとても深刻。大きな社会問題だと認識しました。

成年男性や中高生にも広がる

——12年とはどういう年だったのでしょうか。

その4年前(08年)に、アメリカのプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)社製で独特の香りを付けた柔軟仕上げ剤「ダウニー」が人気になりました。これを見た国内の大手3社(P&Gジャパン、花王、ライオン)が追随して、衣類の洗剤にも香料を配合するようになり、香り付けだけを目的にした商品「レノアハピネス・アロマジェル」が発売されて爆発的に売れたのです。それを機に消臭除菌スプレーなどにまで香りがつけられるようになりました。

莫大な広告費を使う洗剤メーカー各社が足並みを揃え、「香りは癒し、消臭は身だしなみ」「消臭から男のブランドへ」などと宣伝したことで、購買層は女性だけでなく、成年男性や中高校生にも広がりました。香り商品を使わないのが非常識といった雰囲気にまでなっているようです。

20〜30年後には国民病の可能性

——香害がとくに怖いと感じる点はどんなところでしょうか。

1つは、非常に少ない量でも健康被害につながるという点です。食品添加物や残留農薬の規制は、ppm(100万分の1)の単位で実施されていますが、CSやアレルギーは、その1000分の1のppb(10億分の1)かそれ以下の用量で影響が出るのです。こうした微量による作用は現在、安全性の評価が行われていません。

もう1つは、香りブームの影響で香料などがあらゆる場所に広がったことです。このため化学物質に過敏な人たちはますます生きづらくなりました。また、そうでない人たちは知らず知らずのうちに化学物質を体内に取り込んでいます。

ほんの20〜30年前、花粉症などのアレルギー疾患は少数の人たちの病気でしたが、今では国民病と言われるようになっています。今は一部の人の病気と思われているCSも、20〜30年後にはたくさんの人が発症している可能性があります。そんなことになったら大変です。

心配は根拠のないものではありません。新潟県上越市が市内の全児童生徒を対象に10年に調査した結果(3ページ表)によると、CSに類似した症状の生徒が中学3年生で18%もいました。その子たちが小学4年生だった05年の調査では10%だったのですから、その急増ぶりがわかります。

——CSとはどのような病気ですか。

普通の人は何も感じないほど微量の化学物質でも体内に取り込むと、全身に多様な症状が出る病気です。頭痛、吐き気、咳、目がチカチカする、筋肉痛、皮膚のかゆみ、下痢などのほか、思考力が低下したり、うつ状態になったりする人もいます。電磁波過敏症やアレルギー疾患を併発している人も多いです。

必要はなく、 使えば害

——香害を減らしていくのに、まずできることは何でしょう。

本当は必要がないのに広く使われている有害な商品は、たくさんあります。まず「フレア・フレグランス」などの芳香柔軟剤と「ファブリーズ」などの消臭除菌スプレーをやめたらどうでしょうか。

柔軟剤は、本来は洗濯物のゴワゴワをなくしたり静電気をなくしたりするものです。それが今は、香りを付けることが1番の目的になっていて高残香タイプが増えている。そもそも合成洗剤でなく石けんで洗えばふっくら仕上がり、柔軟剤そのものも必要ないと思います。

消臭除菌スプレーは、ニオイを消すのではなく、香料でニオイを隠す商品です。カーテンなどは汚れると、ニオイのもととなるバクテリアが増えます。洗濯などで汚れを落とさなければ、除菌してもまた増えるだけです。カーペットは掃除機をかけ、布団類は日光に当てるなどして、ニオイの発生源をなくすことが大切です。

表示はただ 「香料」 とだけ

——消費者運動で香害を問題にしたことはこれまでありませんでした。

それは、香害が比較的新しい問題だからでしょう。香りがこれほどのブームになったのは初めてです。

香りのもとになる香料は、政府が安全性の評価をせず、業界の自主規制に任せています。香料には4000種類もの成分(化学物質)があり、複数、商品によっては何十もの成分の混合物として使用されていながら、「香料」と表示するだけでよいことになっています。消費者には具体的に何が使われているのかわからないのです。

4000物質の中には、発がん性のあるもの、アレルギーの原因になるものなど、毒性があるものもあります。

また多くの香り商品には、香料を徐々に放出して効果を長続きさせるため、イソシアネートという物質が使われています。これは毒性が極めて強く、欧米では厳しく規制されていますが、日本では生活環境での規制がありません。

まず自粛の輪を広げよう

——社会全体で香害を減らすにはどんなことが必要ですか。

シャボン玉石けんが16年に実施した調査によると、体調不良を起こしたことがあるのに定期的に香り付き洗濯洗剤を使用している人が22%もいました。体調不良の原因が香り付き商品にあることを理解しないまま、無意識に香り付き商品を選んでしまっている人が大勢いるのです。まずは理解を深めてもらうことが大切です。また香料などに苦しんでいる人がいることを知らせることも必要でしょう。

喫煙はかつてごく普通の風習でしたが、煙草が健康に悪いことがわかって禁煙する人が増え、いまでは受動喫煙の防止が課題になり、そのための立法が検討されています。香害はその受動喫煙のようなもの。多数の人が集まる場所では香料の使用を自粛するような社会にしたい。そのために政府や自治体が動くときではないでしょうか。