今年初め、私はベトナムを訪れました。そこでは赤い旗と「50」という数字が至る所に掲げられていました。1975年、サイゴンの陥落と国の統一により「アメリカ戦争」(ベトナム人がそう呼ぶ戦争)は終結しました。それ以上に、この戦争は1945年まで続いた日本の帝国主義支配下での苦難と、屈辱的なフランスの植民地支配という長い歴史に終止符を打ったのです。
1975年は遠い昔のように思えるかもしれないが、米軍による激しい爆撃、特にナパーム弾や2,4-Dを含むダイオキシン汚染の枯葉剤、その他の除草剤といった化学兵器の使用の痕跡は今も残っています。この枯葉剤作戦による環境破壊は、スウェーデンのオロフ・パルメ首相らによって「生態系破壊(エコサイド)」と形容されました。アメリカ、オーストラリア、韓国の兵士たちも長期的な健康被害にさらされました。ベトナム政府によれば、最大300万人がエージェント・オレンジ(2,4-Dと2,4,5-Tの混合物)による疾病に苦しんでいるといいます。私が目にしたのは、美しいサイゴン(ホーチミン)の街角で、50年経った今も重度の障害を負った高齢者や若年層の被害者たちでした。
現在、私たちが食品の安全性を訴え、大豆などの遺伝子組み換え作物に反対する運動を展開する中で、米国企業が2,4-D耐性を持つ遺伝子組み換え大豆とトウモロコシを開発した事実を認識しています。これはもちろん「エージェント・オレンジの散布」とは異なりますが、食品中にこうした化学物質が混入することは到底受け入れられません。米国農家が散布を続ける中、非営利メディアのインベスティゲイト・ミッドウェストが報道したように、米国内の学校周辺で2,4-Dやその他の除草剤の残留物が検出されています。世界中の化学物質中毒被害者への共感が深まる中、倫理的観点からこれは耐え難い事態です。
(マーティン・フリッド)