日本消費者連盟
すこやかないのちを未来へ
企業や国家の利益よりも人のいのちや健康を優先する世の中に変えたいと活動しています。

放射能汚染の自主基準を認めない農水省通知に抗議

2012年4月20日、農林水産省は食料産業局長名で食品産業団体の長宛に、放射能の自主検査をしている事業者に「信頼できる分析」を徹底し、自主検査でも「政府基準値に基づいて判断するよう」周知させることを求める通知を送りました。通知には「信頼できる分析の要件」と、厚労省お墨付きの民間の放射能分析団体(株式会社、財団・社団法人)のリストが添付されています。これを受けて、食品産業団体のみならず地方獣医師会などまで周知回覧が行われているようです。

おそらく最近、生産者や生協、流通業者などの間で、取り扱う食品の放射能を自分たちで測定し、自主基準を設定してそれを表示したり、クリアしたものだけを販売する活動が拡がっていることに反応したものと思われます。今回の農水省の通知は「政府がちゃんと基準を作って管理しているのだから、素人が余計なことをするな」と言わんばかりです。食品放射能の測定と表示へと進もうとしている民間の流れを邪魔する、とんでもない役人根性です。

日本消費者連盟は、食品安全・監視市民委員会と連盟で、本年4月20日、農林水産省食料産業局長名で食品産業団体の長宛に送付された「食品中の放射性物質に係る自主検査における信頼できる分析等について」と題する文書に強く抗議するとともに、以下の点を要求しました。


2012年5月14日
2012日消連第7号
12FSCW第6号

内閣総理大臣 野田 佳彦 様
農林水産大臣 鹿野 道彦 様
消費者庁長官 福嶋浩彦 様
消費者委員会委員長 河上正二 様

特定非営利活動法人 日本消費者連盟
共同代表 天笠啓祐
古賀真子
真下俊樹
山浦康明

食の安全・監視市民委員会
代表 神山 美智子

農水省通知「食品中の放射性物質に係る自主検査における
信頼できる分析等について」に対する抗議と撤回要求

冠省

日本消費者連盟は1969年の創立以来、個人会員制の消費者団体として、「すこやかないのちを未来に」をスローガンに、生きていく上で最も基本的な消費財である食の安全やエネルギー生産の安全性などを中心として消費者の権利を守る運動を進めてきました。2011年3月の原発震災以降は、脱原発と食品の放射能汚染の問題に消費者の立場から取り組んでいます。

食の安全・監視市民委員会は、食品の安全性に関心を持つ消費者団体、労働団体、各種市民団体、個人および専門家が2003年に設立した委員会で、予防原則の立場から行政を監視し、市民の声を行政に反映させるとともに、安心して生活できる社会をつくり上げていくための活動を進めています。

私たちは、本年4月20日、農林水産省食料産業局長名で食品産業団体の長宛に送付された「食品中の放射性物質に係る自主検査における信頼できる分析等について」と題する文書に強く抗議するとともに、以下の点を要求いたします。

  1. 上記文書「24食産第445号」を撤回し、その旨を広く事業者に通知すること。
  2. 農漁業生産者、食品加工業者、流通業者等の事業者による食品放射能検査とその結果の数値表示を政府として支援するために、次の措置を取ること:国や行政が、原則としてすべての飲食品(ロット単位)について検査する体制を早期に確立し、その検査方法や検査結果を全て公開すること。また、その検査においてはγ線核種(放射性セシウム他)のみならずα核種(プルトニウム、ウランなど)、β核種(ストロンチウム、トリチウムなど)についても検査を実施すること。
  3. それまでの間、民間が自主的に実施する放射能検査については、測定機器導入や測定費用に係る財政支援や技術講習会など、様々な形での支援を実施し、消費者・国民が消費する飲食品について、検査漏れによる被曝が生じないよう万全の措置をとること。
  4. 測定結果については、消費者の情報ニーズを十分に聞き、それを反映した共通書式で食品に数値表示する制度を確立すること。
  5. 測定結果が政府基準以下であっても、数値表示により逸失利益が生じた事業者に対しては、万全の賠償・補償を国と東京電力が連帯して行い、かつその経営を充分に支援すること。
理由

消費者にとって、日々自ら食べ、子供たちに与える食品の放射能汚染は、焦眉の問題です。ご承知のように、本年4月から施行された新基準でも大多数の消費者の不安は解消されていないことは、今回政府が上記の文書を公表した理由を考えても明らかです。その背景には、3.11以降放射線防護対策を策定するさいに、その経済的・社会的影響を恐れるあまり、国民の健康を最優先してこなかった政府の姿勢に対する根強い不信があります。また、消費者の不安が消えない理由には、政府の食品放射線規制のもつ次のような具体的問題点もあります。

  • 政府の規制値が依拠しているICRP勧告自体、これ以下ではリスクがあるか否かが確認できないという値であり、これ以下なら安全という閾値ではないこと。
  • また、ICRP基準では、内部被曝が充分に考慮されていない、線量・線量率効果係数(DDREF)が過小評価されているなどの批判があること。
  • 政府規制値は食品による内部被曝のみを対象にしているが、外部被曝、食品以外の放射能の粉じんの吸入等による内部被曝が重なった場合には総被ばく線量が年間1mSvを超える可能性があること。
  • 政府規制の対象はセシウムのみで、ストロンチウム、プルトニウムなど他の放射性核種が含まれていないこと。
  • 国が保有している検出精度の高いゲルマニウム半導体検出器の数は全国でわずか216台(2011年末現在。以下同様)であり、2011年10月〜11月の測定件数は国で1日平均660件しかないなど、測定の網の目が極めて荒いのが実情であること。

現在、政府が期待しているような、「市場に出回っている食品は政府の新基準をクリアしているはずだから、安心して食べられ、子供にも食べさせられる」と感じる消費者が皆無なのは、消費者に科学的知識が欠如しているからではなく、むしろ偏向した「還元主義的科学主義」に対する健全な懐疑心によるものです。それは、これまでわが国の公害や薬害で繰り返されてきた悲劇の経験から消費者が学習した結果でもあります。こうした現状の下で、消費者が市場で売られている食品の汚染状態を直接確認できる情報を強く求めるのは、消費者の権利(安全である権利、知らされる権利、選択できる権利)の正統な行使です。

農水産生産者や加工業者、流通業者の間で自主検査や自主基準が拡がっているのは、行政本来の役割が果たされていない現状の下で、消費者の需要に民間で対応するためのやむを得ない選択にほかなりません。言うまでもなく、事業者にとって、消費者の需要に対応できない、またはしないことは、顧客の喪失を意味します。なかでも、取り扱う食品の安全性で差別化してきた事業者にとっては、まさに死活問題となります。

また、被災地の農作物の大半は、生産者・流通業者の自主検査で検出基準以下か、極めて低い汚染度であるとの結果が出ていますが、現状では卸売・小売段階で原産地表示しかないために敬遠されて売れ残ったり、安値で投げ売りを余儀なくされているのが現状です。きめ細かい食品の放射能汚染検査を行い、その結果を数値で表示することは、被災地の食品産業の衰退を食い止める上でも不可欠の要件と言えます。

チェルノブイリ原発事故以来、ベラルーシなど周辺地域では、全国の公設市場に放射線測定機が設置してあり、その場で測定して安全を確認したものしかその市場で販売してはならないことになっています。また、測定機は一般市民にも開放されており、測定証書のない食品を持ち込んで低料金で測定できる体制が取られています。近い将来、日本でも同様の体制を取らねばならないことは眼に見えています

放射線測定体制を自前で整備するには多額の費用を要するため、零細業者が不利な立場に置かれがちになることが考えられます。しかし、それを以て他業者の自主測定や自主基準を政府が抑制しようとするのは本末転倒であり、零細業者を直接支援したり、測定費用を東京電力に賠償させるための体制を政府が整備することが望まれます。

被曝線量と健康障害の間に閾値が存在しない以上、被曝線量をできる限り少なくして健康被害を避けようとする国民の努力に対して政府として行うべきことは、そうした国民の要求に応え得るきめ細かい食品放射能検査体制をみずから整備するか、それが不可能な場合は、政府の能力不足を補完しようとする民間の自主的活動を支援するのが、国民の下僕たる政府本来の役割と考えます。

(以上)

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