日本消費者連盟
すこやかないのちを未来へ
企業や国家の利益よりも、人のいのちや健康を優先する世の中にしたいと活動しています。

2017年2月号「”介護難民”の時代がやってきた」

「大量の要介護老人と大量の 死者が周囲にあふれかえる時 代が来る」と書いたのは作家の五木寛之さんです(読売新聞1月 15日)。そんな時代は「これから来る」のではなく、 私たちはすでにそんな時代に「一歩足を踏み入れている」と考えていい。家庭で、地域で、そして自治体や国の政策において、“姥捨て”“介護難 民”の時代が確実に足元の現実として、そこにあります。 その現実を追いながら、これ からの介護制度のあり方、そのためにどんな運動に取り組 まなければならないか、を考えてみました。

改悪はどこまで進んできたか

 介護保険制度は2000年に発足しました。そして現在、「当初の理 念とはかけ離れたものになってしま った」と語るのは、「守ろう!介護 保険制度・市民の会」事務局長の富田孝好さんです。同市民の会は、富田さんが副理事長を務める日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会を母体に、介護保険の利用者、事業者、介護士さんなど制度を支え るスタッフら関係者が結集して16年に発足した運動組織です。
 なぜこうした運動組織が立ちあげられたのか。富田さんはいいます。 「介護保険法は2、3年に1度改正されていますが、そのたびに悪くな っている。利用者だけでなく事業者 も経営的に成り立たなくなり、必然 的にそこで働く人の労働条件も悪化 する。悪循環です」。
 制度改正のたびに後退する介護保 険制度を「国家的詐欺」と指摘する人もいます。特に15年から17年にかけての変化は目まぐるしいものがあります。 15年、介護保険の狙いの2 本柱の1つだった「介護予防」を介護保険から外す道が打ち出されました。安上がり介護保険を狙ったもので、訪問介護、通所介護を18年4月までに市町村事業に移行させることが全市町村に義務付けられました。 同時に、現役並みの所得のある人(年金収入340万円以上)の高齢者の 自己負担を1割負担から2割負担に引き上げました。また、特別養護老人ホームに入所できる人を「要介護度3」以上の重度者に限定しました。
 16年に検討され、今国会で法案成 立をめざしている改正の中身はもっ と強烈です。利用料の全体的な引き 上げをめざし、自己負担を2割に引 き上げたばかりの現役並みの所得の ある人の自己負担を3割に引き上げます。そして福祉用具や住宅改修、 生活援助の一部を外し、自己負担す るという案が政府から出ていました。これらを18年4月から実施とい うことで、関係者の間で「2018年問題」といわれています。

高齢者だけの問題ではない

 これが成立すると、どういうこと になるでしょうか。「要介護1、2」とはどういう人な のでしょう。介護保険利用者( 15年で605万人)の3分の2がこのランクに当てはまります。「要介護1、 2の軽度者」と言っても、例えば片方の足が麻痺して、杖なしでは歩け ない人や、自力で起き上がれず介護 ベッドを使ってようやく車いすに移ることができる人もいます。生活援助とは、ヘルパーが掃除や洗濯など の家事支援を中心に生活全体を支えるサービスです。軽度者であっても 生活に欠かせないサービスです。また、福祉用具とは杖や車いす、介護 ベッドなどを指します。障害がある 人にとっては身体の一部です。自己負担化とは保険給付の対象から外し、全額自費になること。これまで の1割負担から、 倍の料金を払わなければなりません。
 自己負担の割合の引き上げやサー ビスの一部を介護保険から外し、自 己負担化することによって生じるのは、介護サービスの利用を諦めてしまう人たちが増えることです。いま政府は、介護保険の制度改悪と並行して年金の引き下げを進めています。また非正規不安定就労が若い世代に拡がり、一家の収入は親の年金 が頼りという家庭も増えています。 そこに介護保険の改悪が追い打ちをかけます。ただでさえ苦しくなって いる生活がいっそう追い詰められるのは必至です。その実態は、この特集で後述しますが、介護保険の受給を諦めざるをえない人が増えています。
  厚生労働省の資料によると、たと えば要介護2の受給者の支給限度額 は1カ月約20万円です。これまでは そのうちの1割が自己負担でしたか ら、月2万円ですみました。これが 制度改正で自己負担が2割になれば 4万円、3割だと6万円を負担しなければなりません。国民年金は現在 1人月5万円ほどですから、全額を介護保険につぎ込んでも間に合わないことになります。

負担は家族に

 介護保険のサービスを受けられなくなったら、介護の重荷はそのまま 家族に降りかかります。「介護殺人」 という言葉があります。NHKスペシャルで2016年7月3日に放映 された「私は家族を殺した“介護殺 人”当事者たちの告白」は次のよう なナレーションで始まりました。「いま、介護を苦に、家族を殺害す る事件が相次いでいる。4月には、82歳の夫が認知症の79歳の妻を殺害した事件が起きた。こうした、いわ ゆる“老老介護”のケースに加え、介護を担っていた娘や息子が親を殺害する事件も後を絶たない。こうし た“介護殺人”は、NHKの調べでは、未遂も含め過去6年間で少なくとも138件発生していた。なぜ、一線を越えてしまったのか。防ぐ事 はできなかったのか」。
6年間で138件ということは、 2週間に1回の割合で介護殺人が発生していることになります。これからいっそう介護殺人、介護心中が頻 発する暗い予測に打ちのめされます。 家族の負担が増え、介護のために 仕事を辞めざるを得ない人も増えるでしょう。認知症や精神的疾患が絡 んだ介護には、さらに過酷な現実が 押し寄せます。認知症の高齢者は462万人、MCI(健常と認知症の 中間状態)の400万人を合わせると、高齢者の4人に1人が認知症か予備軍といわれています。 こう見てくると、一見高齢者の問題と見られがちな介護保険問題は、 若い世代を含めた社会全体の問題であることがわかります。現実には介護は女性に大きな負担をかけています。その意味では、介護問題は女性問題だということさえできます。

どうすればいいのか

 必要な介護を受けられないという ことは、その人の健康状態を悪化さ せ、認知症の場合は重症化を進めま す。結果は、かえって医療費や介護 サービス費を増大させ、社会保障費 をますます膨らませることになりま す。私たちはこの問題を当事者として受け止め声を上げることが必要で す、と冒頭紹介した「守ろう!介護 保険制度・市民の会」の富田さんは いいます。これから、応分負担とい う名目のもとに利用者の負担増とサ ービスの低下はいっそう進められる ことは必至です。同市民の会は昨年、 短期間で 万筆の署名を集めまし た。その他、多くの団体が反対に立 ちあがりました。同時に都道府県議 会、市町村議会に働きかけて、「介 護保険制度改悪反対の意見書」採択 を積み上げました。
 
 17年には、介護法改正の審議がはじまる国会に向けての行動を、他団体とも連携して行うと同時に、介護保険制度(地域福祉)について、利 用者・事業者・自治体などに呼びかけ、市民の側からの政策提言活動を行うことにしています。各政党に働きかけ、「政策提言懇談会」を開催することも計画しています。 また公益社団法人「認知症の人と 家族の会」は、認知症の人も家族も 安心して暮らせるための活動を活発 に行っており、介護保険については これまでの制度改定の撤回を求める 要望を掲げて活動しています。